【中国ビジネス最前線(10)】はじめての顧客獲得-AXIS
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3LDKの1部屋をオフィスにスタート
上海枢軸数碼科技有限公司(Axis Creation Shanghai Inc, 以下Axis)は主にデジタル制作や商品生産オフショア開発サポートを行っている企業だ。顧客からCGやWebなどのデジタルコンテンツ制作を依頼されれば、プロジェクトに最適な社内外のクリエイターを揃えて制作を請け負い、顧客から工場での量産や材料調達のコーディネートを依頼されれば、上海近郊を中心に、依頼主のニーズに合った工場を探して紹介し、必要があれば量産コーディネートや生産管理も行う。Axisは上海を中心にしてクリエイティブ分野で日本と中国の橋渡しをする会社だ。
Axisは2005年初めに独立系企業としてマンションの一室で創業したのち「少しでも早く、少しでも安く、少しでも良いモノを」をキーワードに、地道にモノづくりのコーディネートに励み、現在スタッフを15名体制まで増やすまでに至った。またオフィスも上海の中心部から離れた住宅地から、交通の要所でデパートが集まる徐家匯という場所のビジネスビルに移転した(※取材時は徐家匯に構えていたが、現在は移転し徐家匯に近い上海体育館エリアに事務所を構えている)。そんなAxisをゼロから引っ張ってきたのが同社唯一の日本人で、董事長(日本企業でいう会長)の田中延枝氏だ。
まずAxisの経歴を簡単に紹介する。田中氏は本田総一郎氏に憧れ、将来中国でバイク会社を作ろうという思いから、オーストラリアのメルボルンで工業デザインを学んだ。その後日本での会社勤務、上海の日系企業で勤務を経て同社を立ち上げた。
Axisの創業は上海の日系企業の社長から「CADのトレースをやったらどうか」と2005年提案されたことがきっかけとなる。この提案を受け中国と日本それぞれの状況を調査したところ、受注価格が高い日本国内からのニーズ、上海市内でCG関連の人材が充分にあることがわかり、ビジネスになりそうだということが判明した。
上海の日系企業では、雇用更新の際、社長から「東京本社で働くか、フリーで同業種のパートナーとして働くか、独立をするか」の3択を突きつけられ、上海で働きたいという強い気持ちがあって田中氏は独立を選択。かくして社長の背中押しにより田中氏は住居として使用していた3LDKの1部屋をオフィスにし、共同経営者であり現同社総経理(日本企業でいう社長)の肖娜氏の2人でスタートをきった。
今でこそAxisの得意とするジャンルはいくつかあり、コネクションも豊富にあるが、立ち上がった当初は活用できる人やネットワークが少なかった。そのため、設立当初のころは「まさに何でも屋で、自分たちにできることは何でもやる、という姿勢でした」と田中氏は語る。まず同社では、できるだけ営業コストをかけたくない、日本に行かずにどうにかしたい、という考えから、田中氏が上海や日本の会社勤務時に培った人脈を利用した。田中氏と面識のある企業や人に対して営業をかけ、出張ベースで上海に来る人には直接会い、上海に来れない人にはこまめにメールをすることでコスト削減に励んだのである。
はじめての顧客獲得
2005年5月、Axisが営業許可を取得したとほぼ同時にはじめての顧客を獲得した。田中氏はその当時をこう振り返る。「私たちの事業は、自分たちが今上海を拠点にしてできること、やりたいことの中で、時代に合った、世界のお客さまに求められている事業は何だろう?と模索することから入りました。その調査の過程で、調査にご協力頂いた方の中からお客さま第1号が出たのです。それがたまたま不動産販売用のパース図(住宅広告でよくみかける住宅完成予想図のこと)や動画制作の仕事でした」。
その顧客は日本の不動産会社で、天津の中国企業にアウトソーシングをしたもののうまくいかなかったため、その代わりを探していた。調査の際に田中氏は同社のできることを素直に説明した。中国の企業にお願いしてうまくいかなかったこともあって、田中氏の素直な状況説明にその不動産販売企画会社は「分からないことは教えます」と門出を応援してもらい、Axisは初めての仕事を獲得したのである。
当時スタッフは田中氏と肖娜氏しかおらず、コネクションも限られている。その中で田中氏の中国での友人の紹介を頼りに外注先を探した。一時期は日本で求められる基準に達しないなどの品質に関するトラブルなど、様々な失敗をしたが、その苦労を乗り越え納品に至ると、モノづくりのコーディネート力が評価され、その後口コミで同社の存在は伝わり、次々に仕事が舞い込んでくるようになった。仕事を依頼され続けることで、建築パースや動画図以外の仕事にも幅広く対応できるようになり、その結果、商品品質やサービスの向上で、低価格競争に巻き込まれなくなった。現在、Axisの不動産関連の顧客による売上は全体の6割程度となっている。
日本より高くても受注できる理由
ここで建築系のCGコンテンツ制作における低価格競争について付記しておきたい。CGコンテンツ制作会社は、上海だけでも200社以上あり、市場が成熟し力のない会社が淘汰されている段階にある。加えてベトナムやタイにも同業者がいる。
だが、Axisは「Axisの提供する商品は中国企業としてはかなり高い金額設定をしています。日本のフリーランスの方に頼まれるよりも高いこともある(田中氏)」という。なぜ日本より高くても受注できるのかについて聞くと「総合的な品質、つまりサービス品質、速度やスタミナ(受取れる仕事のボリューム)を考慮していただいているからです」と価格優位性が強調されがちな中国市場においても、高い付加価値を提供することで競争優位性を確保している。
現在もAxisに営業人員はおらず、既存顧客に対する営業や通常業務のやりとりは、パートナーの肖氏が行っている。田中氏は1人で、新規顧客開拓と社長業を兼任している状況である。そのため田中氏は非常に多忙で、朝から夜遅くまで生活のほとんどの時間を仕事に費やしているそうだ。追加で日本人スタッフが雇わないのか尋ねてみたところ、「日本人スタッフはほしいですが、費用対効果を考えるとまだ時期ではないですね。徐々にお客との取引が増えれば日本人を雇うことになるでしょう」と自社の現状を冷静に見つめる。東京への進出についても「営業拠点を置く計画はありますが、まだ社内管理が必要な時期。人を育てる時期だと判断しています。」同社の中国人スタッフの月給は手取り2000~6000元(3万2000?9万6000円)。日本人を雇うな同じ額で中国人スタッフが数名雇えてしまうため、日本人1人雇うことは、規模の大きくない会社以外はなかなか難しい問題だ。
一方、中国人スタッフは、社長も客も日本人のAxisで働くことで日本語力や技術力が向上するだろうと期待し、興味を持ってくれるのだそうだ。田中氏は中国人ふたっフの採用基準として「お金にこだわりすぎる人はお断りしています。一方で成長したい人は歓迎しています」と語る。社内では人や関係を重視する日本の管理手段を持ち込み、一部スピードと効率を重視する中国式も取り入れて管理している。この管理体制は、若い中国人スタッフはすんなりと受けては入れてくれる一方、中途採用のスタッフは抵抗があり、慣れるのに時間がかかるという。
在宅ワークは中国でも好感
またAxisの特徴的なワークスタイルとして、近年日本でも一部の大企業が取りは入れている「テレワーク(在宅ワーク)」がある。Axisでは雇用から一定期間後に認められるが、中国ではまだまだ少ない。「在宅ワーク制度に喜んでくれるスタッフは多いですね。特に在宅ワークについて世間体を気にするといったことはないようです」と中国においても在宅ワークは社員から評判がいいそうだ。しかし、田中氏は「常々私は、自由は人から与えられるものではなく自分で作るものだ、と言っていまして、在宅ワークによって人に迷惑をかけるな、と言っている」そうで、管理体制を十分に敷いたうええでの展開のようだ。
田中氏はAxisの今後について「できるだけ良いものを安く、を目標に」と語る。だがその言葉以上に田中氏の思うAxisの将来の展望は大きい。田中氏は「多国間の架け橋になると言うことと、クリエイティブな仕事に特化するということは、私個人のライフワークであり、会社の企業理念などに関わる、絶対条件です」と語る。
田中氏は、自身の中にあるクラフトマンシップのようなものが常にクリエイティブな仕事を求めており、ものづくりに携わっていないと生きている感じがしないという。また田中氏はオーストラリア留学時代に、自身が日本人として生まれ恵まれた存在であると感じ、その後一貫して世界各国における人に与えられた機会の不平等を解消したいという願いを持っている。そのためさまざまな国地域の得意分野を合わせて、さらに安く良いものを提供し、また市場を日本だけでなく欧米に広げたい。拠点も上海以外にも、上海以外の中国のどこかに、または世界のどこかにAxisの拠点を置きたいと田中氏は考ええているそうだ。
最後に田中氏は夢を語ってくれた。「中国ではマンパワーに圧倒されました。この間パワーをもっと生かしたいです。たとえばアメリカのマーケティング、日本のアイデア、中国のマンパワーで映像を作るとか」。田中氏の夢はまだ始まったばかりだ。