上海・日系中小ビジネス最前線
日中関係は抜き差しならぬ状況に陥っているが経済は熱い。日本からは大手企業に続き中小企業の進出ラッシュでまきに「政冷経熱」だ。潤沢な資金と大勢の現地スタッフに支えられた大企業に比べ、中小は「生の中国人」と接する機会が多い。日中交流の前線に立つ彼らを経済都市・上海で追った。
職人気質 社員離さず 「1+1」で共同経営 酒杯交わし信頼醸成
四月の反日デモのころ。上海の日系エ場で中国国旗の掲げ方がおかしいと難癖を付けられ、公安が駆け付ける事件が起きた。その直後に泥棒にも二回人られ、パソコンなどを盗まれた。
それでも「中国人と二人三脚で成長してゆく気持ちは絶対忘れない」。現地法人の坂井聡一郎社長(三四)は強調した。親会社は東京都大田区の金型メーカー。精密部品の金型技術で世界一を自負する“職人かたぎ”を異国にも持ち込んでいる。
上海進出は三年前。まずは外注できる金型職人を求めて現地をひたすら歩いた。従業員募集も含めて大手なら人材派遣に頼むところだが、そんな金銭的な余裕はない。町工場に毛が生きえた程度だが、一年後には技術力に間違いのない五社を見つけた。五社には常に一定量の仕事を発注し、同社の仕事だけで経営が成り立つよう配慮。同社の売り上げが伸びるほど彼らも豊かになる。
中国人従業員は約七十人。この国では技術を覚えた途端、より高い給料を求めて転職するのが日常茶飯事。ただ、技術担当の久保望さん(三五)はいう。「彼らに教えることをやめるつもりはない。うちはどこよりも高い技術の仕事をしている。職人としての自負にかけたい」。今のところ誰ひとり、引き抜きには応じていない。
上海の日系企業に勤めていた田中延枝さん(三二)は今春、独立して設計会社をつくった。別の日系企業にいた中国人女性の肖娜さん(二五)を引き抜き二人で共同経営する「日中合作」の企業だ。
日本の企業から不動産用のパンフレットなどを受注、コンピューターグラフィックス画像などを使って中国で製作する。人件費が安いため費用は日本の半額程度。
中国人技術者に、いかにして日本側の事細かな要求を伝え、コストはできるだけ抑え、それでもやる気を失わずに仕事をしてもらうか。田中さんは会社の屋台骨を支える肖さんの「ガッツと交渉能力がずばぬけている」とたたえる。
肖さんは愛国教育も受け、抗日映画の日本兵の所業にはまゆをひそめる。それでも「歴史問題は過去の話。個人には関係ないし、何よりも彼女を信頼している」と意に介さない。
コンサルタント会社代表の川辺芳郎氏(四六)は日本人とはめったに付き合わない。毎晩、中国人の友からの誘いに忙しいからだ。彼らとの宴席の特徴はどんどん人が増えてゆくこと。少人数で始まった酒席が終わるころには二十人を超えていることも珍しくない。
だが、商機はそこにある。泥酔しながらも実は冷静に利害関係を互いに見据えている。「重要なのはとにかく人間関係」
日系のある清掃会社が十月に開業した。日本で相談した銀行や公的機関からは「前例がない」とだめ出しを食らった。だが、最後にたどり着いた川辺さんは、旧知の経済特区のトップらと直談判し、わずか二週間で営業許可を取り付けた。
川辺さんは永住する覚悟を固めて五年前、上海に事務所を構えた。平均して週に一社は日系企業の設立を手伝っている。
中国人との酒席は時に歴史問題や政治の話題になる。それでも「反日感情なんてない。そう思って仕事をしている」と川辺さんはいう。ただ「日本にいるときは愛国心なんか無縁だと思っていたけど、最近は困っている日本人を何とか助けたいと感じる」。それが仕事の原動力になる。