- 中国、上海に来たきっかけは?
- 19歳の頃ですが、日本の短大で工業デザイナーを目指して勉強している時、日本の製造業の歴史を学ぶことになりました。その頃日本はバブル崩壊直前で、まだほとんどの人は日本の好景気がそのままずっと続くと信じていた時代でしたが、日本の製造業が既にその時成熟期にあると感じ、製造業に支えられて来た日本の経済成長もそろそろストップするのではないかいう予感を感じました。当時私はバイクが大好きで本田総一郎氏に憧れて、工業デザインの勉強をしようと考えましたが、まだ学生で世間知らずな分夢は大きく「どうせなら成長の止まった国で成長の止まった産業で働くよりも、これからの国、これからの産業で働きたい。」と思いました。そこで「次に日本のように急成長する国はどこだろう?」と考えたら、直感的に「中国だ!」と思いました。その頃テレビで目にする中国はまだまだ発展途上で、道路の舗装もろくにされていない中、道は自転車で溢れかえっていました。それを見て「あんなに大きな国で主要な交通手段や運送手段が自転車ではさぞ不便だろう!この人たちが近い将来みんなバイクに乗るようになったらすごいことになるのでは!」という単純な考えで「将来中国でバイクメーカーを創ろう!」と思いました。
短大を卒業する頃には既にバブル崩壊で就職難に陥り、就職先さえ見つからない状況でしたが、夢を諦め切れずに、当時オーストラリアで働いていた姉を頼ってメルボルンに留学し、現地の大学で工業デザインの勉強をやり直しました。卒業後日本に戻って実務経験を積むために就職し、その間にどんどん急成長を続ける中国を横目に見ながら「これは早くしないと乗り遅れる。」と思い、先の見通しもつかないまま勢いだけで決断し、2003年11月にトランクひとつで単身中国に引越ししました。
事前に一度調査旅行で大連、北京、上海を回りましたが、上海が一番「商業都市」といった感じで活気に溢れていて魅力的に映ったので、将来のビジネスの拠点は上海にしようと決めました。
私の中国生活は、福建省の小さな町でのボランティアの日本語教師からのスタートでしたが、幸い1ヶ月後には上海系企業への転職が決まり、上海で働き始めることができました。
- 起業のきっかけは?
- 最初に学生時代「中国でバイクメーカーを創る。」という夢を持ってから実際に上海に来る十数年余りの間に時代や社会状況は刻々と変化し、環境保護の面から見ても中国の需要面から見ても私個人の資金力を含めた能力面から見ても、バイクメーカー設立の夢は現実的ではありませんでしたが、中国で起業する夢は残したまま上海で働き始め、ビジネスチャンスやビジネスパートナーは常に探し続けていました。日本語が堪能な中国人の友達がたくさんでき、彼らから「一緒に事業をやりましょう。」という誘いを何度も受けましたが、事業内容の方向性が合わず、なかなか実現しませんでした。そんな中現在のビジネスパートナーである肖と出会い、彼女のひた向きさや真面目さ、明るさや、前向きな生き方に惹かれて「是非彼女と一緒に仕事をしたい!」と思うようになり、起業など全く頭になかった7歳年下の肖を口説き落としてついて来てもらいました。前職の日系企業での仕事の契約が1年の満期で打ち切られるのをきっかけに、2人だけで準備金約60万円という少額で崖淵からのスタートを切りました。
- 事業プランや商品のアイデアはどこから生まれましたか?
- 前職の会社の社長から、退職前に現在の事業につながるヒントはもらっていましたが、何しろお金もコネも営業先もなく、2ヶ月以内にお客様か出資者でも見つからなければ「はい倒産。」という切羽詰った状況だったので、共同経営者の肖と一緒にとにかく知恵を絞って色々考えました。「私たちの今まで培ってきた経験や能力を活かしてできることは何だろう?」「時代は今どこに向かっていて、今後伸びる分野は何だろう?」「どうしたら上海にいながら海外のお客様に対して営業できるだろう?」と。とにかく最初は私たち2人が食べて行ければ御の字といった心境で、何でも屋的に思いつくまま、自分たちができそうなことで需要がありそうなことをサービスとして羅列しました。売り上げ目標や実施計画は立てましたが、とても「事業計画」と呼べるような代物ではありませんでした。ただ、何でも屋では何でも中途半端になってしまい、自分たちの軸がどこにあるのか分からず迷いが生じると思い「クリエイティブ」なことと「世界をもっとフラットにする」仕事に特化することを決めました。
- 営業や宣伝活動はどうしていますか?
- 営業マンという営業マンは社内にいませんし、営業担当と言えば新規のお問い合わせには私が答え、肖と日本語の堪能な別の中国人スタッフ数名がカスタマーサービス的に既存のお客様をサポートしているだけで、営業活動という営業活動はしていません。
スタートする時、十分な資金がなかったので「営業はしない。」と決め、「とにかくニーズがある商品やサービスを提供すればお客様は自然現れる。」と信じて、友人知人に「こういうサービスを提供しようと思っていて、現場で働く人の生の声を聞きたいので、誰か知っている人がいれば紹介して欲しい。ニーズを把握する目的で2、3質問させてもらうだけで一切売り込みはしない。」と約束して、人を紹介してもらいました。開業して間もなくその中からお客様第1号が現れ、後は実績を積み重ねるうちに紹介、紹介で自然とお客様が増えて行きました。お客様を紹介して下さる方々へのお礼として「営業代理店」制度を設け、現在数名の方々がお客様紹介パートナーとして、営業サポートをして下さっています。広告宣伝費の予算枠などは、今の所設けていませんが、幸い「上海在住の日本人女性起業家」ということでマスコミの注目を集めることが多く、新聞雑誌等には度々登場させて頂いています。また、最近ではセミナー等の講師として呼んで頂くことも増え、弊社の事業等について、ご紹介させて頂く機会も増えました。
- 今後の目標や夢は?
- 個人的なことで言うと、結婚して家庭を持ちたいです。起業以前に、長く付合っていた人がいましたが、起業後生活のすれ違いが多くなり別れてしまいました。その後は仕事が忙しくてそれどころではなくなってしまいましたが、早く結婚しないと子供が産めなくなる心配がありますし、いくら経営者として肩肘張って頑張っても女性であることは変わらないので、精神面で支えてくれる人がいると、もっと事業も成功させられるのではないかと思います。会社のことで言うと、企業当時から、経営者としてのひとつの山を越える意味で「上場」というのが頭にあります。具体的には2013年の香港市場での上場を目指しています。ただ、そのためにはもっと私自身が人間的に成長しなくてはいけませんし、より多くの人のサポートも必要です。あせらず、着実に、一歩一歩目標に向かって進んで行ければと思います。









